記事作成日:2026年10月13日
「養育費を払ってもらえない。でも、公正証書は作っていない」。これまでは、このような場合に相手の給与を差し押さえるには、まず家庭裁判所の調停などで公的な文書を作り直す必要がありました。
2026年(令和8年)4月1日に施行された改正民法で、養育費に「先取特権(さきどりとっけん)」という権利が付きました。養育費の取り決めを書面に残してあれば、公正証書や調停調書がなくても、相手の給与などを差し押さえることができます。この記事では、この新しい制度を図を使って解説します。
この記事のポイント
- 公正証書や調停調書がなくても、養育費の取り決めを証明する書面があれば、差押えを申し立てられるようになりました。
- 相手にほかの借金があっても、養育費は一般の債権者より優先して回収できます。
- 先取特権で回収できるのは、子ども1人あたり月8万円までです。
- 取り決めをしないまま離婚した場合の「法定養育費」(子ども1人あたり月2万円)も対象になります。
- 対象になるのは、2026年4月1日以降に支払日が来る養育費です。
先取特権とは何か
先取特権とは、ある人にお金を請求できる人が何人もいるときに、ほかの人より先に、相手の財産から支払いを受けられる権利です。法律が特に守る必要があると考えた債権に、法律の定めによって自動的に付きます。当事者どうしで「担保にする」と合意する必要はありません。
たとえば、会社が従業員に支払う給料には、以前からこの先取特権が付いています。今回の改正で、養育費にも同じ仕組みが設けられました。子どもの健やかな成長のためには、養育費が確実に支払われることが特に重要だと考えられたためです。
養育費の先取特権は、相手の財産全体を対象にします。給与、預貯金、不動産など、相手の財産のなかから、請求する側が対象を選んで手続を申し立てます。
改正で何が変わったのか
改正の意味は2つあります。
公的な文書がなくても、差押えの手続を使える
改正前は、養育費を強制的に回収する方法は「強制執行」だけでした。強制執行を申し立てるには、家庭裁判所の調停調書や審判書、公証役場で作る公正証書といった公的な文書(債務名義といいます)が必要です。これらを作るには手間も時間も費用もかかるため、養育費を受け取る権利があるのに、あきらめてしまう方が少なくありませんでした。
改正後は、先取特権という担保の権利を使って差押えを申し立てることができます。この手続では、債務名義は求められません。養育費の取り決めがあることを書面で証明できれば足ります。
ほかの債権者より優先して回収できる
相手が貸金業者などからも借金をしていて、同じ財産が差し押さえられた場合、改正前は、養育費も借金も原則として平等に扱われ、請求額に応じて分け合っていました。先取特権を使うと、養育費の回収が優先されます。
対象になるお金と、月8万円の上限
対象になるお金
先取特権が付くのは、子どもを育てるために定期的に支払われる、次のお金です。
- 父母が取り決めた養育費。話し合いで決めたものも、家庭裁判所の調停や審判で決まったものも含みます。
- 法定養育費。養育費を取り決めないまま離婚した場合に、法律上当然に請求できる養育費です。金額は子ども1人あたり月2万円で、離婚の日から、養育費の取り決めができるまで(取り決めがないまま子どもが成年になったときはその日まで)請求できます。今回の改正で新しく設けられました。
- 婚姻費用。別居中の生活費のことです。夫婦のあいだに経済的に自立していない子どもがいる場合に対象になります。
- 子ども自身が親に請求する扶養料。
対象になるのは、「毎月○日に○円」のように、決まった時期に定期的に支払う形のものです。慰謝料や財産分与には先取特権は付きません。養育費を慰謝料などとまとめて「解決金」として取り決めた場合は、養育費が含まれていても、先取特権を使うことは難しくなります。
上限は子ども1人あたり月8万円
先取特権で回収できる金額には上限があり、子ども1人あたり月8万円です。子どもが2人なら月16万円、3人なら月24万円になります。
- 取り決めた額が上限より少ないときは、取り決めた額までです。月5万円と決めていれば、月5万円が対象です。
- 取り決めた額が上限を超えるときは、超えた部分には先取特権が付きません。超えた部分まで強制的に回収するには、従来どおり、公正証書や調停調書による強制執行が必要です。
- 未払いがたまっている場合は、たまった分をまとめて差し押さえることができます。月5万円の養育費が3か月分たまっていれば、15万円が対象です。
上限が設けられたのは、高額の養育費がすべて優先されると、相手に対するほかの債権者の利益が大きく損なわれるためです。
相手の給与からいくら回収できるか
養育費の回収では、相手の給与を差し押さえるのが一般的です。給与は生活の基盤なので、法律は、差し押さえることができる範囲を制限しています。
- 通常の借金などの場合、差し押さえることができるのは、手取りの4分の1までです。
- 養育費の場合は、手取りの2分の1まで差し押さえることができます。この扱いは改正前からのものです。
手取りが月20万円の相手の場合、養育費のために差し押さえることができるのは月10万円までです。未払い分があるあいだは毎月10万円ずつ回収でき、未払い分がなくなったあとは、取り決めた月額を回収していくことになります。
先取特権の効果がはっきり表れるのは、相手の給与をほかの債権者も差し押さえている場合です。図3の例では、先取特権を使えば月8万円の養育費を全額回収できますが、強制執行だけだと約5万円にとどまります。
手取りが月44万円を超える場合などは、差し押さえることができる範囲の計算が変わります。
必要な書類と、合意書の作り方
先取特権を使って差押えを申し立てるときは、申立書とあわせて、先取特権があることを証明する書面を裁判所に提出します。公的な文書である必要はなく、何通かの書面を組み合わせて証明することもできます。
| 証明すること | 書面の例 |
|---|---|
| 離婚したこと | 戸籍謄本 |
| 育てている子どもがいること | 戸籍謄本 |
| 養育費を取り決めたこと (取り決めた養育費の場合) | 合意書、調停調書・審判書、公正証書、合意に至るまでのやり取りの記録、振込みの履歴 |
| 離婚のときから子どもを主に育てていること (法定養育費の場合) | 世帯全員の住民票、児童手当の受給に関する書類、保育所や学校とのやり取りの記録 |
父母で作る合意書で気をつけること
父母が自分たちで作った合意書も、証明のための書面として使えます。ただし、裁判所は提出された書面だけを見て判断します。いざというときに使えるよう、次の点を押さえて作っておくことが大切です。
- 父母の双方が署名または押印する。一方だけが署名した書面や、名前を印字しただけの書面は、信用性が低く見られたり、追加の資料が必要になったりします。
- 「養育費」として支払うことをはっきり書く。「解決金」「和解金」といった書き方では、養育費の取り決めかどうかが分かりません。
- 子どもの氏名と人数を書く。上限額は子どもの人数で決まるためです。
- 月額、支払日、支払う期間を書く。毎月払いの形にしておくのが最も確実です。未払い分などを一括で支払う取り決めをするときは、いつからいつまでの分なのかを書いておきます。
- 大切に保管する。何年もたってから必要になることがあります。
口約束だけの場合は、取り決めを証明することができません。メールやLINEなどで金額や支払方法をやり取りした記録が残っていれば、それらをまとめて提出することで証明できる場合があります。
差押えまでの手続の流れ
相手の給与を差し押さえる場合の流れは、次のとおりです。
- 裁判所に申し立てる申立書と、先取特権があることを証明する書面を提出します。
- 裁判所が差押命令を出す取り決めた養育費の場合、裁判所は相手の言い分を聴かずに命令を出します。事前に知られて財産を処分されるのを防ぐためです。法定養育費の場合は、必要に応じて、裁判所が相手の言い分を聴くことがあります。
- 差押命令が相手と勤務先に届く相手は、この時点で差押えを知ることになります。
- 勤務先から直接支払いを受ける命令が相手に届いてから1週間がたつと、勤務先から直接支払いを受けられるようになります。
未払いがある場合は、これから支払日が来る将来の分についても、あわせて差押えを申し立てることができます。毎月の給与から、その月の養育費が支払われる形になります。
相手の勤務先が分からないとき
差押えを申し立てるには、対象にする財産を特定する必要があります。相手の勤務先が分からないときは、裁判所の手続で調べることができます。相手本人に財産を明らかにさせる手続(財産開示手続)と、市区町村などから勤務先の情報を得る手続があります。
今回の改正では、これらの調査の手続と給与の差押えを、1回の申立てで続けて進められる仕組みも設けられました。手続のたびに申立てをやり直す必要がなくなります。
公正証書はもう要らないのか
差押えのためだけに公正証書を作る必要は、なくなりました。ただし、次のような場合は、公正証書を作るか、家庭裁判所の調停を利用することを検討する価値があります。
- 養育費が子ども1人あたり月8万円を超える場合。超える部分を強制的に回収するには、公正証書や調停調書が必要です。
- 慰謝料や財産分与もあわせて取り決める場合。これらには先取特権が付かないためです。
- 取り決めの存在を確実に証明できるようにしておきたい場合。父母だけで作った合意書は、書き方や署名のしかたによっては、裁判所に認められないおそれがあります。
公正証書や調停調書があっても、先取特権は使えます。相手にほかの債権者がいる可能性があるときは、優先して回収できる先取特権を使うほうが有利です。
いつの養育費から対象になるか
| 養育費の種類 | 先取特権の対象 |
|---|---|
| 取り決めた養育費 | 2026年4月1日以降に支払日が来る分。取り決めをしたのが改正前でも対象になります。 |
| 法定養育費 | 2026年4月1日以降に離婚した場合に限って発生します。それより前に離婚した場合は、法定養育費そのものが発生しません。 |
基準になるのは、取り決めをした日ではなく、それぞれの月の支払日です。2026年3月以前に支払日が来ていた未払い分には先取特権が付かないため、強制的に回収するには、従来どおり公正証書や調停調書が必要です。
養育費を支払う側の方へ
この改正により、養育費を支払う側は、公正証書などを作っていなくても、ある日突然、給与の差押命令を受ける可能性があります。差押命令は勤務先にも届きます。支払いが難しくなったときは、そのままにせず、早めに対応することが大切です。
- 差押えに理由がないとき。養育費の取り決めをしていない、すでに支払っているといった場合は、裁判所に不服を申し立てることができます。
- 差押えによって生活が成り立たなくなるとき。事情に応じて、差し押さえることができる範囲を変更するよう、裁判所に申し立てることができます。
- 法定養育費を支払えないとき。支払う能力がないこと、または支払うと生活が著しく苦しくなることを証明すれば、全部または一部の支払いを拒むことができます。支払義務そのものを免除してもらうには、家庭裁判所の手続が必要です。
この記事をお読みいただくうえでの注意点
- この記事は、今津綾子・安部将規著『養育費における先取特権・回収の手続と活用』(日本加除出版、2026年)に沿って作成しました。
- 養育費の先取特権は、税金や社会保険料の徴収などには優先しません。また、相手に差し押さえる財産がなければ、回収はできません。
- 制度は始まったばかりで、どのような書面があれば裁判所に認められるかなど、実際の運用はこれから固まっていきます。
- 回収できるかどうかは、個別の事情によって異なります。この記事は、特定の結果をお約束するものではありません。
養育費のことでお困りの方へ
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