記事作成日:2026年11月3日
「子どもは別居する前から塾に通っている。塾代は養育費とは別に払ってもらえないのか」。離婚や別居のご相談で、よくうかがう質問です。逆に、支払う側からは「算定表どおり払っているのに、塾代まで請求された」というご相談もあります。
養育費や婚姻費用の金額は、家庭裁判所の「算定表」で決めるのが一般的ですが、算定表の金額には塾や予備校の費用は含まれていません。そのため、塾代を上乗せできるかどうかは、個別の事情しだいで結論が分かれます。この記事では、塾代の分担が実際に争われた審判例を整理し、どのような場合に上乗せが認められ、どのような場合に認められなかったのかを解説します。
この記事のポイント
- 算定表の養育費・婚姻費用には、公立学校の教育費は含まれていますが、塾・予備校・習い事の費用は含まれていません。
- 塾代の上乗せは当然には認められず、請求する側が「相手に負担させるのが相当な事情」を説得的に説明する必要があります。
- 認められた例に共通するのは、同居中から通塾していたこと、相手が通塾を始めさせた・了承していたこと、月謝の金額を資料で示せたことの3点です。
- 認められる場合、多くは月謝を父母の収入の比率で分担します。全額を相手に負担させた例はほとんどありません。
- 講習費などの臨時費用、資料のない将来分、退塾後の分、請求前の立替分は、上乗せが否定されています。
算定表の金額に塾代は含まれているか
養育費や婚姻費用(別居中の生活費)の金額は、父母の収入と子どもの人数・年齢から算定表で決めるのが実務の原則です。この算定表は「標準算定方式」という計算方法にもとづいていて、子どもの生活費の中に、公立の小学校・中学校・高校にかかる学校教育費(授業料、教材費、給食費、通学費など)があらかじめ織り込まれています。
一方で、学習塾や予備校の費用、習い事の費用、私立学校の学費は、算定表の金額には入っていません。つまり、算定表どおりの養育費を受け取っていても、塾代の分は「もらっていない」ことになります。
ただし、含まれていないからといって、当然に上乗せして請求できるわけではありません。家庭裁判所は、塾や習い事の費用について、「標準算定方式では考慮されておらず、原則として、子どもを監護する親がその責任と負担において行うべきもの」としたうえで、「相手がその習い事をさせることに同意していた場合などには、適切な範囲で相手に負担させるのが相当」という考え方をとっています(東京家審平成31年1月11日)。塾代も同じ枠組みで判断されます。
塾代の上乗せが認められる条件
塾代の分担が争われた審判例を見ると、認められた例と認められなかった例の分かれ目は、おおむね次の3点に集約されます。
- 同居中から通塾していたか。別居前から続けて通っている塾であれば、家庭の教育方針として父母が共有していたものといえます。逆に、別居後に一方の親が相手に相談なく通わせ始めた塾は、上乗せが認められにくくなります。
- 相手が通塾を始めさせた、または了承していたか。最も重視される事情です。相手自身が子どもを塾に通わせていた場合は「その費用についても相応の負担をすべき」とされます(大阪高決平成30年6月21日)。
- 月謝の金額を資料で示せるか。契約書、領収書、口座の引落記録などで月謝の額を特定できなければ、「算定するに足りる資料がないので考慮しない」とされます(東京高決令和2年10月2日)。
このほか、中学受験のために通塾しているなど通塾の必要性が高いこと、相手の学歴や収入に照らして塾に通わせるのが相当といえることも、認める方向の事情になります。
上乗せが認められた審判例
別居中の妻が夫に婚姻費用を請求した事案です。夫は、子どもの学業不振を心配して、同居中に二男(中学生)を学習塾に通わせていました。別居後も二男は塾を移りながら通塾を続けていました。
裁判所は、夫が二男を塾に通わせたのだから、その費用についても相応の負担をすべきだとしました。夫の年収約848万円に対し妻は約158万円と収入差が大きかったことから、夫が月謝の8〜9割を負担するのが相当とし、中学卒業までの月謝相当額(月額2万5000円、塾の変更後は1万5000円)を、算定表による婚姻費用に上乗せしました。
一方で、月謝以外の講習費などの臨時費用は、夫が承諾したとは認められないとして上乗せを否定し、高校入学後の塾代も、主張と資料がないとして上乗せしていません。
単身赴任中の夫に妻が婚姻費用を請求した事案で、長男は高校3年から予備校に通い、浪人後も予備校に通っていました。裁判所は、算定表には公立高校の教育費しか考慮されていないとして、予備校費用や受験料、長女の私立高校の学費のうち公立高校の教育費相当額を超える部分を、父母の基礎収入の比率で按分して上乗せしました。抗告審(東京高決令和2年10月2日)もこの結論をおおむね維持しています。
夫のもとで暮らす長男が、中学受験のため別居前から通っていた塾に通塾を再開した事案です。裁判所は、長男の通う小学校では多くの児童が中学受験をするうえ、長男は別居前から塾に通っていたのだから、通塾の再開について妻の同意を得ていなくても、学費と同様に収入の比率で妻にも負担させるのが相当としました。なお、この審判は抗告審で別の理由から取り消されているため、先例としての重みは限定的です。
上乗せが認められなかった審判例
別居中の妻が、長女の私立高校の通学費やバイオリンのレッスン代、長男(中学1年)の塾代などを「特別の学費」として上乗せするよう求めた事案です。裁判所は、長女の通学費とレッスン代は、同居中から続いていて夫も異議を述べていなかったとして上乗せを認めました。これに対し、長男の塾代は、長男がすでに退塾していて、夫に負担させてまで通塾させるのが相当とみるべき事情が認められないとして、上乗せを否定しました。
同じ事案の中で、習い事の費用は認められ、塾代は否定された点が参考になります。分かれ目は「相手も異議なく続けていたか」と「今も必要な支出か」です。
上記の水戸家審の抗告審です。長女の大学受験のための費用と塾代について、原審は「別途協議」としていましたが、高裁は「算定するに足りる資料がないので考慮しない」としました。将来の塾代を上乗せしてもらうには、契約書や料金表など、具体的な金額が分かる資料が必要だということです。
私立大学医学部の学生である子が父に扶養料を請求した事案で、裁判所は、医師国家試験対策の予備校費用(約170万〜250万円)について、「予備校等に要する費用は、その性質上、医学部進学に必然的に伴う費用とは認められず、扶養料の算定に当たって考慮すべき費用とはいえない」としました。成人した子の扶養料の事案ですが、予備校・塾の費用は「本人の選択による任意の支出」として、必要性が厳しく見られることを示しています。
認められる場合、いくら上乗せされるか
塾代の上乗せが認められる場合でも、月謝の全額を相手に負担させる例はほとんどありません。多くの審判例は、月謝の額(または公立学校の教育費相当額を超える部分)を、父母の基礎収入の比率で按分しています。基礎収入とは、収入から税金や職業費などを差し引いた金額で、算定表の計算にも使われる数字です。
たとえば月謝2万円の塾で、父(支払う側)と母(受け取る側)の基礎収入の比率が7対3であれば、父の負担は1万4000円となり、これが算定表の養育費に上乗せされます。収入差がとくに大きい事案では、大阪高決平成30年6月21日のように、月謝の8〜9割という幅で負担割合が定められた例もあります。
反対に、支払う側から見れば、仮に上乗せが認められる場合でも、「全額ではなく収入の比率による按分にとどまるべきだ」と主張することになります。
過去に立て替えた塾代は請求できるか
「これまで自分が払ってきた塾代を、さかのぼって払ってほしい」というご相談もよくあります。この点については、注意が必要です。
婚姻費用は、原則として、請求した時点(調停の申立てなど)からの分しか認められません。東京高決令和2年10月2日は、請求前に権利者が立て替えていた塾代の不足分について、「手続の迅速性が要請される婚姻費用分担審判や扶養料の審判においてではなく、離婚に伴う財産分与の判断に委ねるのが相当」としました。つまり、請求前の立替分は、婚姻費用の手続では清算されず、離婚の際の財産分与の中で主張することになります。
逆に、支払う側が別居後に塾代を直接払っていた場合、その分は婚姻費用の既払金として扱われた例があります(神戸家審平成27年11月27日)。塾代を払っている側は、振込記録などを残しておくことが大切です。
請求する側・請求される側の注意点
塾代の上乗せを求める方へ
- 相手の了承の証拠を集める。同居中に相手が塾代を払っていた口座の記録、塾の申込書の名義、通塾についてやり取りしたLINEやメールなどが有力な証拠になります。
- 月謝の額を資料で特定する。契約書、料金表、領収書を用意してください。資料がないと将来分は考慮されません。
- 臨時費用は別に説明する。夏期講習や模試などの費用は、月謝とは別に、相手の承諾や必要性を具体的に示さなければ否定されやすいです。
- 早めに調停を申し立てる。婚姻費用は請求した時点からしか認められないので、話合いが長引きそうなら、早めに家庭裁判所に調停を申し立てて始期を確保することが重要です。
塾代の上乗せを求められた方へ
- 別居後に一方的に始めた通塾かどうかを確認する。自分が了承していない塾であれば、その点を主張します。講習費などの臨時費用についても同様です。
- 塾代は原則として監護親の負担であることを主張する。算定表の想定外の任意の支出であり、原則は子どもを監護する親が負担すべきものという裁判所の考え方(東京家審平成31年1月11日)を踏まえて反論します。
- 認められる場合でも按分にとどめる。全額ではなく、双方の収入の比率で分担すべきことを主張します。
- 直接払った塾代の記録を残す。別居後に塾代を直接払っていれば、婚姻費用の既払金として考慮される可能性があります。
参考:審判例の一覧
| 裁判所・日付 | 結論 | 要点 |
|---|---|---|
| 大阪高決H30.6.21 判タ1463号108頁 | 認容 | 夫が同居中に自ら通わせた塾の月謝を、中学卒業まで8〜9割負担。臨時費用と高校入学後の分は否定 |
| 水戸家土浦支審R2.6.22 | 認容(一部否定) | 浪人中の長男の予備校費用等のうち公立高校教育費相当額を超える部分を基礎収入比で按分。請求前の立替分は却下 |
| 東京高決R2.10.2 家庭の法と裁判37号41頁 | 一部認容・一部否定 | 上記の抗告審。将来の塾代は資料がなく考慮せず。過去の立替分は財産分与に委ねる |
| 東京家立川支審H30.10.11 | 認容 | 別居前から通っていた中学受験塾の再開について、相手の同意がなくても基礎収入比で按分(抗告審で別の理由により取消し) |
| 大阪高決H28.3.17 判タ1433号126頁 | 否定 | 退塾済みの長男の塾代は、負担させてまで通塾させるのが相当な事情がない。習い事は認容 |
| 神戸家審H27.11.27 判時2321号39頁 | 否定 | 上記の原審。夫が別居後に払った塾代は婚姻費用の既払金として扱う |
| 京都家福知山支審H29.9.4 判時2373号44頁 | 否定(扶養料) | 医師国家試験予備校の費用は医学部進学に必然的に伴う費用ではない |
| 東京家審H31.1.11 家庭の法と裁判30号99頁 | 認容(習い事) | 習い事の費用は原則監護親の負担だが、相手が同意していた場合は適切な範囲で負担させる。スイミング・ピアノ代を収入比で加算 |
この記事をお読みいただくうえでの注意点
- この記事は、当事務所が判例データベース(判例秘書)で検索・確認した審判例をもとに作成しています。塾代の分担に関する公表審判例は多くなく、同種の事案で常に同じ結論になるわけではありません。
- 養育費や婚姻費用の算定表は改定されることがあります。この記事の内容は、2026年11月時点のものです。
- 上乗せが認められるかどうかは、通塾の経緯、相手の了承の有無、父母の収入など個別の事情によって判断されます。この記事は、特定の結果をお約束するものではありません。
養育費・婚姻費用のことでお困りの方へ
塾代や私立の学費を上乗せして請求できるのか、逆に請求されたときにどこまで応じるべきなのか。お手元の資料とご事情をうかがったうえで、審判例に照らした見通しをご説明します。定禅寺通り法律事務所では、初回のご相談を無料でお受けしています。オンラインでのご相談にも対応しています。
