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高額な不貞慰謝料の合意の有効性

記事作成日:2022年11月13日
記事修正日:2023年5月14日

1 はじめに

 今回の記事では、「相場を大きく超える不貞慰謝料の合意をしてしまった場合、その合意は法的に有効か」という問題について解説をいたします。

 不貞のトラブルが発生した場合、不貞をした側とされた側とが話し合いをし、慰謝料の合意をすることがよくあります。
 互いに納得の上、適切な慰謝料の合意をした場合、この合意は法的に有効であることはいうまでもありません。

 しかし、現実には、「極めて高額な不貞慰謝料を請求され、拒否することができずに支払いに応じてしまった」という事態が起こることがあります。
 例えば、不貞慰謝料として1000万円を支払うことに合意してしまったような場合です。
 不貞をしてしまった側は、相手方に対する負い目や、とりあえずその場を収めたいとの思いから、高額な慰謝料の支払いに応じてしまうことがあるのです。

 では、上記のように極めて高額な不貞慰謝料の支払いに応じてしまった場合、法的な支払義務は発生するのでしょうか?

2 高額な不貞慰謝料を合意することの問題点

 高額な不貞慰謝料を合意してしまった場合、法的な問題点は大きく2つあります。

 ひとつめは、心裡留保(民法93条)に該当するのではないかという問題です。
 「心裡留保」とは、真意に基づかない意思表示を意味します。
 不貞慰謝料を請求された側が、「こんなに高額な慰謝料を支払うことは到底できない」と考えつつ、その場を逃れるために支払いに応じたような場合、慰謝料支払の意思表示は真意に基づくものではなく、心裡留保に該当する余地があります。
 そして、不貞慰謝料支払の意思表示が真意に基づかないことを相手方が知っていた場合、合意は無効になります(民法93条1項ただし書き)。

 ふたつめは、法外な不貞慰謝料を合意することが公序良俗違反(民法90条)に該当するのではないかという問題です。
 不貞慰謝料に関する合意は一種の契約であり、どのような合意をするかは基本的に当事者の自由です。
 しかし、契約自由の原則には限度があり、公の秩序や善良な風俗に反する合意をした場合、その合意は無効となり得ます。

3 裁判例の紹介

 参考になる裁判例として、東京地方裁判所・平成20年6月17日判決をご紹介いたします。

(1) 事案の概要

東京地方裁判所・平成20年6月17日判決の事案は、不貞をされた夫(以下「X」といいます)が、妻の不貞相手である男性(以下「Y」といいます)に対し、1000万円の支払いを求めたものです。
この事案の特徴は、XとYとの間で、不貞慰謝料として1000万円を支払う旨の合意が成立していたことにあります。
不貞を知ったXは、Yをホテルのラウンジに呼び出し、その場で、YがXに対し1000万円を支払うとの念書を作成させたのです。
Yは念書を作成したものの、実際に1000万円を支払うことはできず、Xから訴訟を提起されました。

(2) 裁判所の判断

東京地方裁判所・平成20年6月17日判決における最も重要なポイントは、「Xに対し1000万円を支払うと約束したYの意思表示が心裡留保に該当するか」です。
この点に関するYの主張は、「被告は、本件念書を作成するに当たり、原告に対して何度も1000万円という慰謝料の支払は無理である旨伝えていたのであり、本件念書の記載に基づく本件合意は被告の真意ではなく、かつ、原告も本件合意が被告の真意でないことを認識していた。」というものでした。

Yの意思表示が心裡留保に該当するか否かに関し、裁判所は、次のように判断しました。

「一般に、不貞行為者は、自己の不貞の交際相手の配偶者との直接の面談には心理的に多大な躊躇を覚えるものであり、一刻も早くそれを終わらせたいと考えることが自然であると認められるから、慰謝料を請求されてもその支払に抵抗せず、また、高額な慰謝料額を提示されたとしても、減額を求めたり、その支払可能性等について十分に考慮することなく、相手方の言うがままに条件を承諾し、とにかく面会を切り上げようとする傾向が顕著であると考えられる。加えて、本件合意における1000万円という慰謝料額は、一般の社会人にとって極めて高額な金額といい得るばかりではなく、不貞相手の配偶者に対する慰謝料額としても相当に高額であることは明らかである。・・・(中略)原告は、被告が1000万円の支払を承諾して本件念書を作成するに当たっても、真実被告が1000万円の支払をするつもりがあるのかどうかについてはなお疑いを抱いていたと認めることが合理的であるし、仮に原告においてそのような疑いを持っていなかったとしても、少なくとも慰謝料として1000万円を支払うという意思が被告の真意ではないことについて、知り得べきであったということができる。よって、本件念書に基づく本件合意における被告の意思表示は、心裡留保(民法93条ただし書)として無効というべきである。」

(3) 裁判所の判断に対するコメント

東京地方裁判所・平成20年6月17日判決は、結論として、不貞慰謝料として1000万円を支払う旨の合意が心裡留保によって無効になると判断しました。
ただ、筆者としては、判決が掲げる理由は、やや射程が広すぎるのではないかという印象を持ちます。
「不貞行為者は、自己の不貞の交際相手の配偶者との直接の面談には心理的に多大な躊躇を覚える」、「1000万円という慰謝料額は、一般の社会人にとって極めて高額」という事情をピックアップして心裡留保を認定されてしまうと、ほとんどの事案において心裡留保が成立してしまうのではないかと思われます。

心裡留保が認められると、合意の効力は否定されゼロの状態に戻りますから、その影響は絶大です。
事案によって心裡留保が認められるべきケースはあり得るとしても、その射程を広くし過ぎることには疑問が残ります。

4 公序良俗違反が認められる場合の処理

先に見た裁判例は、心裡留保によって不貞慰謝料合意の効力を否定しました。
このほか、高額過ぎる不貞慰謝料を適切な額にとどめる場合、公序良俗違反を認定することもあり得ます。

公序良俗違反によって慰謝料額を修正する場合、慰謝料合意の一部を無効とし、妥当な慰謝料の範囲で合意の効力を残すという処理もあり得ます。
例えば、1000万円の不貞慰謝料は高額過ぎるので、500万円の範囲で合意を有効とする処理です。
どの範囲で合意が有効とされるかはケースバイケースの判断になりますが、心裡留保を認めるケースと比べると柔軟な処理が可能になるかと思われます。

5 高額な慰謝料を請求された場合の適切な対応

この記事では、高額な慰謝料の支払いに合意してしまった後の対応について解説いたしました。
しかし、上記の問題は、そもそも安易に高額な慰謝料支払いの合意してしまうから起こることです。

高額な慰謝料を請求された場合のベストな対応は、決してその場で合意をせず、適切な慰謝料額について弁護士のアドバイスを受けることです。
解説記事でご紹介した裁判例の事案でも、最初から弁護士に相談をして適切な対応をしていれば、裁判をより有利に進めることができていたはずです。

不貞トラブルは、誰にも相談できず一人で解決を図りがちです。
しかし、一人でトラブルを抱えることによって問題が複雑になることもありますから、不安を感じたら弁護士に相談してみるとよいでしょう。

6 2023年5月14日追記・関連する新たな裁判例

高額な違約金の合意の有効性について、新たに裁判例が出ましたので追記でご紹介いたします。
紹介するのは、東京地方裁判所・令和4年2月28日判決(判例時報2545号・86ページ)です。

東京地方裁判所・令和4年2月28日判決は、予備校の受講生が、教材をインターネット上で転売した行為について、受講規約の譲渡禁止条項に違反するとして違約金500万円が請求された事案です。
不貞の違約金に関する事案ではありませんが、違約金の合意の有効性という問題について共通しますので、解説いたします。

東京地方裁判所・令和4年2月28日判決では、予備校側が違約金の合意に基づいて500万円の違約金を請求したものの、結果として、100万円の限度で違約金合意の有効性が認められました。
裁判所が違約金合意の大部分を無効にしたのは、「500万円という違約金は高額に過ぎ、公序良俗に反する」と判断したからです。

公序良俗違反を導く事情につき、判決では様々な認定がされていますが、本記事で注目したいのは、「訴訟に至る前の示談交渉段階で、予備校側が受講生に対し、80万円の示談金を提示していた」という事情です。
裁判所は、この事情に基づき、「本件譲渡によって原告(予備校側)が負った損害は、80万円で補填できると考えていたことが推認できる」としています。

この判決の理屈を不貞に関する違約金合意に置き換えた場合、違約金の請求方法には気をつけなければなりません。
不貞に関する違約金を合意していた場合に、示談交渉の段階で大幅に割り引いた解決金額を提案すると、訴訟の段階で不利な事情として働くリスクがあるということです。
早期解決のために割り引いた解決金額を提案することはよくあるのですが、安易に低額な提案をすると、それ自体が違約金の減額に結びついてしまう可能性があるということを想定しておく必要があります。

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記事投稿者プロフィール

下大澤 優 弁護士 仙台弁護士会所属 登録番号49627

専門分野:離婚事件、男女関係事件

経歴:静岡県出身。中央大学法学部法律学科、東北大学法科大学院を経て、平成26年1月に弁護士登録。仙台市内の法律事務所での勤務を経て、平成28年1月、仙台市内に定禅寺通り法律事務所を開設し、現在に至ります。主に離婚事件・男女問題トラブルの解決に取り組んでおります。

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