記事作成日:2023年2月5日
最終更新日:2023年2月5日
1 セックスレスが夫婦関係に及ぼす影響
「配偶者とは長期間セックスレスの状態にあり、夫婦関係は破綻している」
このような主張は、離婚事件を扱っていると度々目にします。
実際には、セックスレスだけを離婚事由として主張する例は多くなく、性格の不一致など、他の様々な事情とあわせて主張されることが多いです。
セックスレスに陥っている夫婦は不和を抱えていることが多く、単純にセックスレスだけが離婚の原因ではないことが実情でしょう。
とはいえ、セックスレスが夫婦関係に重大な影響を与え得ることも事実です。
この記事では、セックスレスが離婚事由となり得るのか、また、セックスレスを理由とした慰謝料請求が成り立ち得るのかについて解説をいたします。
2 セックスレスは離婚事由になる?
まずはじめに、「セックスレスはそもそも離婚事由となるのか?」について解説します。
民法770条1項には、次の5つの離婚事由が定められています。
① 配偶者に不貞な行為があったとき。
② 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
③ 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
④ 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
⑤ その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
セックスレスという事情は、明らかに①~④には該当しません。
該当し得るとすれば、⑤「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」です。
この点に関しては、最高裁判例(最大判昭和62年9月2日・民集41巻6号1423頁)に参考になる指摘があります。
上記最高裁判例では、「婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至つた場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失つているものというべき」と述べられています。
つまり、「肉体的な結合」(性行為)は、精神的な結合と並んで夫婦の本質であるということです。
そうしますと、セックスレス、つまり肉体的結合を欠く状態が継続した場合、夫婦の本質が失われ、「婚姻を継続し難い重大な事由」が認められる可能性があるということになります。
以上のことから、「セックスレスが離婚事由になり得る」という一般論に関しては、あまり異論は見られません。
3 セックスレスを理由とした慰謝料請求はできる?
では、セックスレスを理由に離婚を求めるにとどまらず、配偶者に対して慰謝料請求をすることはできるのでしょうか?
慰謝料請求が認められるためには、配偶者に有責性(不法行為該当性)がなければなりません。
要するに、「セックスに応じないことは不法行為である」といえなければならないのです。
これは、「セックスレスを理由に離婚を求めることができるか」という問題よりもハードルの高い問題です。
この点について過去の裁判例をみますと、実際にセックスレスを理由に慰謝料請求を認めた事案がいくつか存在します。
ただ、裁判例の傾向上、慰謝料請求が認められるのは、単にセックスに応じてくれないという事情だけでなく、セックレスの態様があまりにも不合理であるという事情が要求されます。
以下、近年の裁判例を紹介しつつ解説いたします。
(1) 東京地方裁判所・平成29年8月18日判決
離婚した元妻から元夫に対し、セックスレスを理由とした慰謝料請求がされた事案です。
この事案は、平成25年12月から交際を開始し、平成26年8月から同居を開始しているが、これらの期間を含め離婚するまで、夫婦の間には一度も性交渉がなく、接吻や抱擁等の身体的接触すらもなかったというものです。
裁判所は、次のように述べて元夫の不法行為責任を認めました。
「このように夫婦間で一度も性交渉等がなかったというのは,婚姻後間もない夫婦の在り方としては一般的とは言い難く,原告において強い不安にさいなまれ,しかもこれを被告に伝えてもなお,被告の態度に特段の変化がなかったというのであるから,このような被告の行動に起因して,婚姻関係を継続することを断念するに至ったという原告の心情は首肯できる。加えて,上記認定事実,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,単に被告との間で性交渉等がないというだけでなく,被告が原告に対して性的関心を示さず,性交渉はおろか接吻や抱擁等の身体的接触すらないことに起因して,夫婦の関係について相当の不安を感じており,被告においてもこのような原告の心情を察していたのであるから,性交渉そのものはなくとも,身体的な接触や言葉を交わすなどして夫婦間の精神的結合を深めるということも可能であるのに,被告にはそのような行動を起こそうとする兆しも見受けられず,このような事情に照らすと,本件においては,被告が原告に対する性的関心を示さない,又は原告におい
てこれを感じることができるような態度を示さないことにより,夫婦間の精神的結合にも不和を来たし,婚姻関係の破綻に至ったということができるから,このような経緯により婚姻関係の破綻を招来させた被告には,原告に対する不法行為が成立すると評価せざるを得ない。」
結果、この裁判例では、元夫に50万円の慰謝料支払義務が認定されました。
(2) 裁判例についてのコメント
前記裁判例は、交際開始から離婚まで、夫婦の間に性交渉はおろか、身体的接触もなかったという事案です。
これは、単なるセックスレスではなく、かなり特殊な事情であることは容易にご理解いただけるかと思います。
ご紹介した裁判例のほか、過去の裁判例をみても、慰謝料請求が認められた事案は「結婚してから一度も性的な関係がない夫婦」であることが多いです。
また、前記裁判例では、「性交渉そのものはなくとも、身体的な接触や言葉を交わすなどして夫婦間の精神的結合を深める」ことができた可能性に触れられており、この点も注意しなければなりません。
要するに、単にセックスレスがダメなのだということではなく、性行為をすることができないのであれば、その理由をきちんと説明したり、他の方法で夫婦の結合を深めるよう努力しなければダメだ、ということなのです。
4 おわりに
「セックスレス」という単純な言葉で一括りにしてしまうと、セックスレスを理由に離婚や慰謝料を求めることができると安易に考えてしまいがちです。
しかし、実際の裁判例では、このような単純な理解で判断がされているわけではありません。
インターネット上では、安易に「セックスレスを理由に離婚や慰謝料請求をすることができる」という誤解を招く情報が散見されます。
しかし、事はそう単純ではありません。
セックスレスを軸に主張を展開すべきか否かは、慎重に検討すべきです。
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記事投稿者プロフィール
下大澤 優 弁護士 仙台弁護士会所属 登録番号49627
専門分野:離婚事件、男女関係事件
経歴:静岡県出身。中央大学法学部法律学科、東北大学法科大学院を経て、平成26年1月に弁護士登録。仙台市内の法律事務所での勤務を経て、平成28年1月、仙台市内に定禅寺通り法律事務所を開設し、現在に至ります。主に離婚事件・男女問題トラブルの解決に取り組んでおります。