記事作成日:2026年11月8日
両家の顔合わせも済ませ、式場も予約していたのに、突然「結婚はできない」と告げられた。あるいは逆に、交際相手から「婚約していたのに破棄された」として慰謝料を請求された。婚約をめぐるご相談は、離婚と並んで多いものの一つです。
この記事では、東京地方裁判所の裁判例約40件(平成28年〜令和7年)をもとに、①どのような場合に「婚約が成立した」と認められるのか、②破棄に「正当な理由」があるとされるのはどんな場合か、③認められる慰謝料や損害の金額はどの程度か、を整理して解説します。
この記事のポイント
- 婚約破棄の慰謝料は、30万〜100万円が中心です。妊娠・出産、退職・転居、破棄した側の不貞や既婚の秘匿などがあると100万円前後、挙式後の破棄などとくに悪質な事案で150万〜200万円になります。
- これに弁護士費用(約1割)と、式場のキャンセル料・ドレス代・新居の初期費用など「結婚準備に必須だった出費」が加わります。財産的損害を含めると数百万円になる例もあります。
- 最大の争点は「そもそも婚約が成立していたか」です。プロポーズの言葉だけでは足りず、両家への報告、式場予約、指輪、入籍日の決定といった具体的な準備が外から分かる形で進んでいたかで判断されます。
- 性格や価値観の不一致、家族の反対、心変わりは「正当な理由」になりません。一方、相手の暴言・暴力や約束違反の繰り返しが理由であれば、破棄した側の責任が否定されることがあります。
婚約破棄で慰謝料を請求できる根拠
婚約とは、将来結婚することについての男女の合意です。法律上の手続は何も必要ありませんが、いったん婚約が成立すると、互いに誠意をもって交際し、結婚に向けて努める義務を負うと考えられています。
そのため、一方が正当な理由なく婚約を破棄した場合、相手は、債務不履行または不法行為を理由に損害賠償(慰謝料と、結婚準備にかかった費用など)を請求することができます。裁判では、次の3点が順に争われます。
- そもそも婚約が成立していたのか(成立していなければ、破棄しても責任は生じない)
- どちらが破棄したのか、破棄に正当な理由があったのか、双方に責任があるのか
- 認められる慰謝料と財産的損害の金額
「婚約が成立した」と認められる条件
裁判例は、婚約の成立には「将来婚姻することについての確実な合意が客観的に認められる」ことが必要だとしています(東京地判令和元年5月24日)。ポイントは「客観的に」という部分です。本人が「プロポーズされた」「結婚の約束をした」と述べるだけでは足りず、外から見て分かる事実の積み重ねで判断されます。
認められやすい事情
明確なプロポーズとその承諾に加えて、婚約指輪や結納の授受、双方の両親への結婚の報告・両家の顔合わせ、式場の予約や前撮り、入籍日の決定や婚姻届の作成、結婚を前提とした退職・転居・同居といった事情が重なると、婚約の成立が認められています。
沖縄旅行で男性が女性に指輪を渡し、その後同居を始め、12月25日の入籍を予定し、両家の顔合わせの食事会を行い、白無垢で結婚写真の前撮りまで済ませていた事案です。男性は裁判で「指輪は誕生日のサプライズプレゼント」「食事会は顔合わせ以上の場ではない」と主張しましたが、裁判所は、男性が共通の知人とLINEでプロポーズの時期を相談していたこと、男性の母が女性の両親に宛てて「嫁ぐ」ことへの感謝を記した手紙を送っていたこと、前撮りを実施したことを合理的に説明できないとして、沖縄旅行でのプロポーズにより婚約が成立したと認めました。
この裁判例が示すように、指輪を渡した前後の第三者とのやり取り、親からの手紙、写真や予約書類といった客観的な資料があると、「記念品だった」「ただの食事会だった」という弁解は通りにくくなります。
それだけでは足りないとされた事情
一方で、次のような事情があっても、具体的な準備が伴わなければ婚約は認められていません。
- 同居・肉体関係・妊娠。同居して妊娠も報告していた事案でも、婚姻届の時期や方法の打合せ、結納や指輪の有無、式の要否、親への挨拶といった「婚約を示唆する行動」がないとして否定されました(東京地判令和4年1月28日)。
- 高額な指輪の贈与。氏名を刻印した約120万円のペアリングや、約40万円のダイヤの指輪を贈られていても、「婚約指輪」とは認められなかった例があります。
- LINEで「婚約者」と呼び合ったこと。「婚約者同士だよね!」というやり取りがあっても、親族への紹介、結納、式の準備、共同生活といった外形的事実がなければ否定されます(東京地判令和3年8月19日)。
- 結婚相談所の「成婚退会」。相談所が双方の結婚の意思を確認したことを意味するにとどまり、当然には婚約を裏付けないとされました(東京地判令和7年10月23日)。
- 交際期間の短さ。交際1か月未満、知り合って半年程度で同居もない、といった事案では「結婚を決断するのに熟した状況とは考え難い」とされています。
また、相手が既婚者である場合、婚約は重婚的な内縁を前提とするものになるため、相手の婚姻関係が破綻しているなどの特段の事情がない限り、婚約として保護されないとした裁判例があります(東京地判令和4年10月14日)。既婚者との関係で損害賠償を求める場合は、「独身と偽って交際した」ことを理由とする別の構成(性的自己決定権の侵害など)を検討することになります。
破棄に「正当な理由」があるとされる場合・されない場合
婚約が成立していれば、破棄した側は、正当な理由がない限り責任を負います。どのような理由が「正当」とされるのかは、裁判例を見るとかなりはっきりしています。
| 正当な理由にならない(責任あり) | 正当な理由がある、または責任が否定された |
|---|---|
|
|
同棲して結婚指輪を購入し、式場の選定もほぼ終え、婚姻届も作成していた事案です。しかし、女性が男性に「貴族気取りの貧乏人」「ピアノは遊びだ」といった人格を否定するLINEを送り、男性の両親と口論し、泥酔して暴言と暴行に及んだため、男性は入籍直前に婚約を破棄しました。裁判所は、入籍目前の突然の破棄には「それ相応の合理的な理由が必要」としつつ、度重なる不適切な言動により家族を含めて人格を否定され、このまま結婚しても互いに苦しい思いを続けることになると感じて破棄を決意したことはやむを得ないとして、男性の責任を否定しました。
まとめると、破棄した側が「相手の言動」を理由にする場合、その言動が結婚後の共同生活を困難にする程度に重大で(約束違反の繰り返し、暴力・暴言、家族を含む人格否定)、かつ、事前に改善を求めたのに改まらなかった経過がLINEなどで裏付けられると、正当な理由が認められやすくなります。逆に、性格や価値観の不一致、家族の反対、自分の心変わりは正当な理由になりません。
なお、「相手も納得して別れた(合意解消)」という主張は、相手が翻意を促したのに受け入れざるを得なかった場合や、「破棄を受け入れたい」と述べたのが結婚に向けた話を打ち切る趣旨にすぎない場合には、認められていません。
慰謝料の相場
不当な破棄と認められた場合の慰謝料は、裁判例ではおおむね次の水準です。
- 30〜50万円:婚約期間が短い、結婚の具体的な時期が決まっていない、式場予約などの準備が進んでいない事案。婚姻届に署名押印し3年以上同棲していても、結婚時期が未定で準備もなかった事案では30万円でした(東京地判令和6年6月20日)。
- 50〜70万円:両家の顔合わせ、式場予約、指輪購入などの準備が進んでいた通常の事案。
- 100万円前後:破棄した側の不貞や既婚の秘匿、妊娠中絶や出産、結婚のために退職・転居して同居していた、10年以上の共同生活があった、といった事情の重い事案。
- 150〜200万円:子を出産したのに認知を拒んだ事案(150万円)、結納・挙式・披露宴を済ませた後の破棄(200万円)など、とくに悪質または損害の大きい事案。
入籍日も決まり結婚指輪も購入していた婚約中に女性の妊娠が判明し、海外移住を予定していた男性が中絶を主張して、「自分の考えを理解してくれない相手とは結婚できない」と告げた事案です。女性は中絶手術を受け、うつ病と診断されました。裁判所は、男性が「先に結婚の意思を翻したのは女性だ」と主張したのに対し、それは中絶を提案された衝撃による感情的な反発にすぎないとして退け、女性が年齢や体質から出産を強く望んでいたのに中絶を余儀なくされたことなどを考慮して、慰謝料100万円を認めました。
慰謝料を増額する方向に働くのは、婚約・同居期間の長さ、結婚を前提とした退職や転居、周囲への報告済み、挙式の実施、破棄した側の不貞や既婚の秘匿、妊娠中絶・出産、うつ病などの精神的不調、破棄後の不誠実な対応(認知拒否、交渉での不当な回答)、そして裁判で婚約の存在自体を不合理に否認し続けたことです。減額方向に働くのは、結婚時期が未定で準備が進んでいない、婚約から破棄までの期間が短い、以前から性格の不一致があった、請求する側にも落ち度があった、といった事情です。
なお、請求額と認容額の差は大きく、請求額の1〜3割程度しか認められない例が大半です(例:請求616万円に対し認容165万円、請求550万円に対し33万円)。
慰謝料のほかに請求できるもの
婚約破棄で請求できるのは慰謝料だけではありません。弁護士費用として慰謝料などの約1割が加算されるのが通例で、さらに、結婚準備のための出費が「財産的損害」として認められます。
財産的損害として認められるのは、「婚約成立から結婚に至るまでの準備行為として必須の出費」と相当因果関係のある範囲です(東京地判平成28年3月25日)。ウエディングドレスの購入費(海外挙式のためレンタルが難しかった事案で全額)、相手の結婚指輪代、前撮り費用、挙式・披露宴の費用、同居のための新居の初期費用などが認められています。妊娠後に破棄された事案では、通院・出産費用と、つわりで働けなかった期間の収入減(130万円)も認められました(東京地判令和2年2月17日)。
反対に、他の機会にも使える服飾品、海外の親族の渡航費、婚約当日の交通費などは否定されています。財産的損害を含めると、挙式後の破棄の事案で756万円、内縁型の悪質な事案で1,023万円という高額の認容例もありますが、いずれも領収書やキャンセル料の請求書など、金額を裏付ける資料が揃っていた事案です。
結納金と婚約指輪はどうなるか
結納金は、婚約の成立を確証し、結婚が成立した場合に両家の関係を深める目的で渡される一種の贈与です(最判昭和39年9月4日)。結婚に至らなかった場合は原則として返還義務がありますが、近年の裁判例には、単に婚約が解消されたというだけで直ちに全額返還になるのではなく、解消の原因や双方の責任の程度(両家の事情を含む)を考慮して返還の有無や範囲を決めるとしたものがあり、2分の1の返還を命じた例もあります(東京地判平成28年12月7日)。
婚約指輪は、贈与が済んでいれば受け取った側の所有物です。破棄した側が持ち去った場合、受け取った側が引渡しを求めることができます(東京地判令和4年6月14日)。
請求する側・請求された側の注意点
婚約を破棄されて慰謝料を請求したい方へ
- 「婚約が成立した」ことを示す資料を時系列で整理する。プロポーズの場面だけでなく、その後の両家への報告・顔合わせ、式場予約、指輪購入、入籍日の決定、前撮り、退職・転居などを、LINE、写真、予約書類、親族宛ての手紙などで示せるようにしてください。
- 「記念品だった」という弁解を想定する。指輪を渡した前後の第三者とのやり取りなど、趣旨を裏付ける資料があると強い証拠になります。
- 出費の資料を残す。式場のキャンセル料の請求書、ドレスや指輪の領収書、新居の契約書などがなければ、財産的損害は認められません。
- 相手が既婚者の場合は構成を検討する。婚約破棄だけでなく、独身と偽った交際による損害賠償など、別の構成が必要になることがあります。
- 請求額の見通しを持つ。慰謝料の中心は50万〜100万円です。高額になるのは、妊娠・出産、退職・転居、挙式後の破棄などの事情と、準備費用の具体的な資料がある場合です。
婚約破棄で慰謝料を請求された方へ
- まず婚約が成立していたかを検討する。具体的な準備がなかった、交際期間が短い、結婚に消極的な発言をしていた、婚活の文脈での会話にすぎない、といった事情があれば、婚約の不成立を主張できます。
- 正当な理由は具体的に示す。性格や価値観の不一致といった抽象的な理由では足りません。相手の約束違反や暴言・暴力の具体的な内容と、改善を求めた経過(LINEなど)が必要です。
- 不合理な否認は避ける。式場予約や顔合わせまで済ませているのに「婚約していない」と争い続けると、裁判所はその態度自体を慰謝料の増額事情として考慮することがあります。
- 金額の相場を踏まえて交渉する。請求額が数百万円でも、裁判で認められる慰謝料は多くの場合100万円以下です。相場を踏まえた解決を目指すことができます。
参考:慰謝料が認められた裁判例の一覧
| 判決 | 慰謝料 | 主な事情 |
|---|---|---|
| 東京地判R6.6.20 | 30万円 | 婚姻届に署名押印し3年以上同棲。結婚時期未定・準備なし。破棄理由は別の女性との交際 |
| 東京地判R4.6.14 | 50万円 | 婚約から破棄まで3週間弱、式場予約なし。2度目の破局。婚約指輪の引渡しも認容 |
| 東京地判R4.10.13 | 50万円 | 婚約約3か月。相手の母の宗教を理由とする破棄。訴訟での対応も考慮 |
| 東京地判R7.12.12 | 60万円 | 婚約約8か月、顔合わせ・前撮り済み。財産的損害約90万円を加え計165万円 |
| 東京地判R7.3.26 | 70万円 | 婚約約7か月、破棄した側の不貞、顔合わせ済み。訴訟で婚約自体を否認 |
| 東京地判R7.2.20 | 100万円 | 妊娠後に中絶を主張して破棄。中絶を余儀なくされうつ病 |
| 東京地判R1.11.14 | 100万円 | 退職・転居して同居。生活費を渡さず退去を促した |
| 東京地判R2.2.17 | 100万円 | 破棄後に出産、相手は非協力。医療費・収入減を加え計250万円 |
| 東京地判R3.12.1 | 100万円 | 既婚を秘した交際。一方的な連絡断絶。約2年通院 |
| 東京地判H30.2.27 | 100万円 | 共同生活10年以上。相手は婚約時に既婚 |
| 東京地判H28.11.14 | 150万円 | 子を出産。保身のための再度の破棄、認知拒否 |
| 東京地判H28.3.25 | 200万円 | 結納・挙式・披露宴後の破棄。財産的損害約488万円を加え計756万円 |
この記事をお読みいただくうえでの注意点
- この記事は、当事務所が判例データベース(判例秘書)で検索・確認した東京地方裁判所の第一審判決をもとに作成しています。控訴審で結論が変わっているものが含まれている可能性があります。
- 慰謝料の水準は、東京地裁の裁判例から当事務所が整理した目安です。他の裁判所では異なる判断がされることがあります。
- 婚約の成否や正当な理由の有無は、交際の経緯や準備の状況など個別の事情によって判断されます。この記事は、特定の結果をお約束するものではありません。
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