最終更新日:2022年6月18日
1 はじめに
夫婦が別居をした場合、収入が低い側は収入の高い側に対し、別居中の生活費(婚姻費用)を請求することができます。
しかし、例外的に、婚姻費用の請求が権利の濫用とされ認められないことがあります。
この点については、別記事にて詳しく解説しております(以下のリンクを御覧ください)。
婚姻費用請求が権利の濫用にあたると判断される典型例は、「不貞をした側が婚姻費用請求をする場合」です。
自ら不貞をして別居の原因を作ったのですから、婚姻費用を請求することは認め難いということです。
この記事では、不貞ではなく、「同居中、子どもに対する暴力行為があったこと」を理由に婚姻費用請求が権利の濫用にあたるとした珍しい裁判例を紹介いたします。
2 裁判例のご紹介
(1) 事案の概要
ご紹介する裁判例は、東京高等裁判所・平成31年1月31日決定です。
この裁判例は、別居をしている夫婦のうち、妻が夫に対し婚姻費用を請求した事案です。
夫婦の間には子どもがおり、子どもは夫と一緒に暮らしていました。
このような状況のもと、一人で暮らす妻が、夫に対し、別居中の生活費を請求しました。
この事案の特徴として、同居中、妻が子どもに対し継続的な暴力を加えていたことが挙げられます。
さらに、別居直前には、妻が包丁を持ち出して振り回す行動に出たため、夫と子どもが自宅から避難し、子どもが児童相談所に一時保護されたという経緯もありました。
以上の前提のもと、妻が夫に対し婚姻費用を請求することは権利の濫用にあたり許されないのではないか、という点が争いとなりました。
(2) 裁判例の判断内容
結論として裁判例は、妻の婚姻費用請求が権利の濫用にあたると判断しました。
判断に至った理由のうち、重要な部分を抜き出すと次のとおりです。
「抗告人と相手方が別居するに至った直接の原因が本件暴力行為であることは明らかであり、抗告人と相手方との間においては、別居の開始以降、婚姻関係を巡る相当に激しい紛争が続いているということができるところ、前記認定事実によれば、抗告人と相手方の婚姻関係は、同居中から円満とはいえない状態であったことがうかがわれるが、別居に至るほどの亀裂が生じていたとは認められず、本件暴力行為が原因となって一挙に溝が深まり、別居の継続に伴って不和が深刻化したと認められる。
抗告人と相手方の別居の直接の原因は本件暴力行為であるが、この本件暴力行為による別居の開始を契機として抗告人と相手方との婚姻関係が一挙に悪化し、別居の継続に伴って不和が深刻化しているとみられる。そして、本件暴力行為から別居に至る抗告人と相手方の婚姻関係の悪化の経過の根底には、相手方の長男に対する暴力とこれによる長男の心身への深刻な影響が存在するのであって、このことに鑑みれば、必ずしも相手方が抗告人に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面があるが、別居と婚姻関係の深刻な悪化については、相手方の責任によるところが極めて大きいというべきである。
別居及び婚姻関係の悪化について上記のような極めて大きな責任があると認められる相手方が、抗告人に対し、その生活水準を抗告人と同程度に保持することを求めて婚姻費用の分担を請求することは、信義に反し、又は権利の濫用として許されないというべきである。」
3 コメント
ご紹介した裁判例は、婚姻費用請求が権利濫用にあたるとされる具体例として、不貞以外の類型を示した点に意義があります。
ただ、迅速な審理が要求される婚姻費用分担事件において、権利濫用を裏付けるDV行為をどのように主張・立証するかについては、難しい問題が残ると思われます。
DV行為の立証は、裏付け証拠が乏しいことも多く、客観的立証が難しいケースが多々あります。
このような場合、DVの有無を審理するとなると、長期間を要することが多々あります。
他方、婚姻費用は別居中の生活費の問題であり、請求する側からすれば、できる限り迅速に支払ってもらわなければなりません。
審理に長期間を要してしまうと、請求者が生活に困窮してしまうおそれがあります。
このような観点からすると、婚姻費用分担事件においてDV行為の有無が争点となる場合、できる限り客観的で明確な裏付け資料に絞って審理をし、審理の迅速性を確保する必要があるのではないかと思います。
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記事投稿者プロフィール
下大澤 優 弁護士 仙台弁護士会所属 登録番号49627
専門分野:離婚事件、男女関係事件
経歴:静岡県出身。中央大学法学部法律学科、東北大学法科大学院を経て、平成26年1月に弁護士登録。仙台市内の法律事務所での勤務を経て、平成28年1月、仙台市内に定禅寺通り法律事務所を開設し、現在に至ります。主に離婚事件・男女問題トラブルの解決に取り組んでおります。